がん細胞には、血液を異常に固める作用があるのを知っていますか?
がん患者では非がん患者と比べて約10倍の血栓症の発生リスクがあると言われており、小さすぎて気付かない(無症候性血栓・塞栓症)を含めると、がん患者の半数が血栓・塞が発生しているという報告もあります。
足の腫れ(深部静脈血栓症)や上下肢の麻痺(脳梗塞)を合併するがん患者さんを経験します。
深部静脈血栓症は、血栓が心臓や肺へ飛ぶと、命の危険があります。怖いです!
なぜ血液凝固を亢進させてしまうのか、分かりやすくまとめました。
癌に伴う血液凝固亢進
トルーソー症候群とDIC・違い
播種性血管内凝固症候群(DIC)
血液内の血小板の凝集や血液凝固因子が過剰に消費される状態となり、
血液内の血小板や血液凝固因子が低下し、全身の細い血管内に微小血栓が多発する病態です。
固形癌では、乳がんに多いです。
トルーソー症候群
悪性腫瘍に伴う血液凝固能の亢進により、脳卒中症状を生じる病態です。
発生頻度の高い疾患
- 肺がん(腺がん)
- 婦人科系がん(乳がん、子宮がん)
- 消化器がん
- 腎臓がん
- 前立腺がん
血液凝固因子の種類
私たちが出血した場合に起こる生理的反応として、止血作用があります。
血小板が止血作用に重要なのはご存知だと思います。
しかし、癌による血液凝固作用の異常は血小板ではなく血液凝固因子で起こると言われています。
血小板と血液凝固因子の違いはなんでしょうか。
実は根本から異なります。血小板は細胞核を持たない血球です。
一方、血液凝固因子はタンパクです。そのため作用も違います。
まず、血管が出血した場合、その箇所に血小板が集まり、緊急止血を行います(1次止血)。
しかし、血小板の止血は応急処置であり、とても脆いです。
そのため、遅れて登場するのが血液凝固因子です。
血液凝固因子は図のようにⅠ~ⅩⅢまで存在し、強固な止血を行います(2次止血)。
血液凝固因子のほとんどは、肝臓で作られます。
癌による血液凝固亢進のメカニズム
①腫瘍細胞が産生するムチンが血小板に反応して血栓を形成する(特に腺癌の場合)
②腫瘍細胞が血液凝固因子Ⅹを活性化して凝固系を亢進させる
③組織因子(TN)による血液凝固因子Ⅶ(外因系)の活性化
④悪性腫瘍による血管炎が血液凝固亢進を併発する
血栓の検査
DICではPT(プロトロンビン時間)延長、血小板減少、Fib(フィブリノゲン)減少、FDP上昇します。
PT(プロトロンビン)凝固時間検査
基準値:凝固時間10-13秒
凝固因子が亢進していると、プロトロンビンが過剰に使われ、凝固能が低下していると考える。
血小板
基準値:13.8-30.9万/mm
出血した血液を固める働きがあります。
フィブリノゲン定量(Fib)
基準値:170-410mg/dL
出血傾向あるいは出血のスクリーニングに用いられる。
FDP定量(フィブリン・フィブリノゲン分解産物定量)
基準値:5μg/mL以下
DICや血栓症の評価として有用。
Dダイマー
基準値: 1.0μg/ml
出血がフィブリンにより止血された後、凝固した血栓を溶かす酵素の産物を測定する。
Dダイマーは固形腺癌における凝固能亢進やムチン産生腫瘍における脳梗塞発症に相関するとして、フォローアップに有用です。
結果を読む時の注意点
肝不全があると、PT延長、フィブリノゲン低下、血小板数低下、FDP上昇、Dダイマー上昇がみられ、誤診され易いので、注意が必要です。
その他、血液データの見方が気になるなら☞がんの血液データの見方【2019】
血液凝固の治療
ヘパリン
トルーソー症候群に対する治療の第一選択肢はヘパリンです。
脳保護作用を持つエダラボンが併用されます。
長期化する場合には、低分子ヘパリンやヘパリノイドの皮下注も有用です。
血小板や凝固因子の消費による出血傾向が高度の場合は、血小板3万/mm3以上、フィブリノーゲン75mg/dL異常を目標に補充療法を行います。(補充療法単独は血栓形成を助長させるので注意です)
脳梗塞発症から4.5時間以内であれば、rt-PA(血栓を溶かす治療)も適用ですが、予後や合併症に注意が必要です。
下大静脈フィルター留置術
下大静脈は、足の静脈から心臓へ血液を運ぶ血管です。
下肢の浮腫がある場合、下肢のどこかの血管に血栓ができています。
この血栓が肺へ飛んでしまうと、肺塞栓症となり、命の危険があります。
それを防ぐのが、下大静脈にフィルターを留置し、血栓を心臓へ飛ぶの防ぐための治療です。
この手術は、保険適応です。
クリニックに通院している方は、足の腫れがある場合はすぐに主治医へ相談し、専門の血管外科病院を受診することを、強くおススメします。
癌による凝固能亢進まとめ
がん細胞には血液凝固能を亢進させる作用があり、がん疾患の半数で微小な血栓・梗塞が発生していると言われています。
その機序にはがん細胞による凝固因子の活性化とサイトカインを介した凝固能亢進が考えられています。
脳動脈に塞栓ができるトルーソー症候群のリスクも考えられるため、血液検査にて凝固因子を測定・モニタリングすることが重要になります。
治療はワーファリンではなく、ヘパリンが選択されます。
下肢の血栓は肺に飛ぶと命の危険があるので、下大静脈フィルターを留置し、肺血栓症を予防します。
参考文献
・松田保ほか: DICの原因疾患に関するアンケート調査の結果について。厚生省特定疾患血液凝固異常症調査研究班平成4年度業績報告書 p17-23, 1993.
・中川雅夫:本邦における播種性血管内凝固(DIC)の発症頻度・原因疾患に関する調査報告。厚生省特定疾患血液系疾患調査研究班血液凝固異常症分科会平成10年度研究業績報告書 p57-64, 1999.
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