乳がんの手術を受けた方には、退院前に肩を動かす自主訓練が指導されます。
私の経験上、それを忠実に守る方はほとんどいません。
自宅に帰ると家事などに忙しく、自主訓練を忘れてしまうものです。
今回は、改めて自宅で行える自主訓練を紹介するとともに、抗がん剤と腕が上がらない関係についてまとめました。
乳がん術後のリハビリテーション
乳がん手術の切開範囲は小さくなっていますが、今だに多くの方が肩関節が上がらない、違和感があるという悩みを抱えています。
リンパ節を切除した場合、術後6カ月後でも屈曲15-20°、外転10-30°の可動域制限が残るとされています。
手術した側の腕を使用しにくいことや、不安感、過度の安静から、筋力も約9-30%低下します。
心因的な不安により痛みが長く続く患者もいます。
それらに対してリハビリテーション・運動療法を行うことが有効です。
それでは、乳がん術後に肩が上がらなくなる原因についてみていきましょう。
肩が上がらない原因
外科手術によるもの
乳癌の手術における肩関節可動域制限は、悪性腫瘍+腋窩リンパ節を切除(郭清と呼ぶ)すると起こりやすいです。
腋窩リンパ節郭清があっても、乳房温存術の場合は、肩関節可動域や上肢機能は良好といわれます。
郭清した腋窩リンパ節の個数が多いほど、肩関節可動域制限は起こりやすいという報告もあります。
また、胸壁や乳房への放射線照射は可動域に影響を与えないが、腋窩への照射は可動域を低下させます。
リンパ浮腫
リンパ節郭清により、血流とリンパの流れが滞り、手術した方の腕が浮腫みます。
その結果、腕が上がりにくくなります。
肩関節周囲炎の合併
肩峰と上腕筋が棘上筋に挟まれるインピンジメント症候群と、それに伴う肩峰下滑液包炎を合併していることで、痛みと可動域制限を起こします。
腕を上げる動作は、上腕骨、肩甲骨、鎖骨、胸郭などが絶妙に連動して行われます。この内、どれか一つでも崩れてしまうと、上手く連動できず、腕が上がりません。
四十肩、五十肩の発生
年齢が名前になっていますが、要は、肩関節周囲炎です。
加齢に伴う筋力の低下により、上腕骨、肩甲骨、鎖骨、胸郭などが絶妙に連動できず、その結果、肩関節周りにある関節包にダメージを与えてしまいます。
上腕骨と肩峰が当たり(インピンジメント)、肩が上がらなくなります。
関節内の炎症は、一時的であれば、痛みの消失とともに腕も上がるようになります。
しかし、四十肩、五十肩は加齢による筋力低下が原因なので、根本的原因が解決されない限り、再発させてしまいます。
何度も繰り返すうちに、関節包や筋肉が硬くなり、肩の可動域が狭くなります。
重篤な場合、腱板(上腕骨を支える筋肉)が断裂し、手術が必要になることもあります。
腋窩ウェブ症候群(axillary web syndrome:AWS)の発生
腋窩リンパ節除去後、腋窩から上腕内側に皮下索状組織(cord)が生じることで、疼痛を伴い、腕を外側へ開く(肩関節外転)運動を制限します。
これは、リンパ節切除により血流やリンパの流れが悪くなることで、血液が凝固し、リンパ管内に血栓が形成されることが原因と考えられています。
薬剤の副作用
乳がん治療薬は関節痛を引き起こす事が分かっています。
乳がんの方の関節痛は、「四十肩や五十肩+抗がん剤の副作用」により起こります。
アロマターゼ阻害薬
アロマターゼ阻害薬による術後ホルモン療法を受けた乳がん患者の35%に、何らかの関節痛が出現すると報告されています。
その原因は、血液中のエストロゲン(女性ホルモン)濃度の低下が誘因だと考えられています。
さらに、ホルモン補充療法を行った事がある、乳がんのホルモン受容体陽性、化学療法を行った事がある、肥満の方で、関節痛が痛くない。
黄体ホルモン放出ホルモン・アゴニスト(LHRH-agonist)
中枢神経系に作用して卵巣機能を抑えるため、血液中のエストロゲン(女性ホルモン)濃度が下がり、関節痛が出現します。
抗がん剤
シクロフォスファミドなどの化学療法は卵巣機能を低下させるため、二次的に関節痛が出現します。
タキサン系抗がん剤
抗がん剤の中でも、タキサン系抗がん剤(パクリタキセルとドセタキセル)は、関節痛や筋肉痛が出現しやすいです。これは用量に依存して発生しやすくなります。
関節痛は投与して数日で軽減しますが、関節痛がピークの時は歩くのもきつくなります。
運動療法・リハビリテーションの根拠
生活指導および肩関節可動域訓練や上肢筋力増強訓練などの包括的リハビリテーションを実施することは、指導書を渡すのみ、もしくは家庭での自主訓練のみを行う場合に比べて、患側肩関節可動域の改善、上肢機能の改善がみられるので、行うよう強く勧められる。(推奨グレードA)
乳がん術後の患者に対して、術後早期から生活指導および肩関節可動域訓練や軽度の上肢運動などの包括的リハビリテーションを行うことは、リンパ浮腫の発生リスクを軽減させるので、行うよう強く勧められる。(推奨グレードA)
有酸素運動や抵抗運動、それらを組み合わせた運動療法を行うよう指導する、もしくは指導下に実施することは、身体活動性を拡大し、心肺機能を改善させるので、行うよう強く勧められる。(推奨グレードA)
有酸素運動や抵抗運動、それらを組み合わせた運動療法を行うことは、抑うつや不安感、感情や気分、睡眠障害を改善させるため、行うよう勧められる。(推奨グレードA)
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運動療法の実際
ここでは、すぐに自宅でできる運動、ストレッチを紹介します。
①肩周りの緊張をほぐす運動
②皮膚のストレッチ
③骨盤を起こす運動
④肩の可動域訓練
⑤有酸素運動や無酸素運動
まとめ
乳がん術後の症状に苦しむ方は多く、その原因はアライメントの問題から薬剤まで複合的です。
大抵、主治医へ相談しても解決しないケースが多いです。
今できる事は、自主訓練しかありません。
また、一見関係の薄そうな有酸素運動を取り入れることも、有効とされていますので、ジョギングやランニングを始めてみるのもいいかと思います。
参考文献
- 清水千佳子. 乳がん患者の関節痛.
- 村岡香織. 乳がん・婦人科がんにおける術前術後のリハビリテーション. hpn rehabili med 53, 119-123.2016.
- 古谷純朗. がんのリハビリテーションベストプラクティス. 金原出版株式会社.