抗がん剤の副作用である悪心・嘔吐は、がん治療の継続を妨げる要因の一つです。
その機序について、メカニズムも解明されつつあり、制吐療法が確立しつつあります。
しかし、今なお嘔吐の副作用で苦しむ方は存在しています。
そこで、抗がん剤後に現れる悪心・嘔吐のメカニズム、対策、非薬物療法についてまとめました。
抗がん剤後の悪心・嘔吐
悪心・嘔吐のメカニズム
上部消化管に優位に存在する5-HT3受容体と第4 脳室のchemoreceptor trigger zone(CTZ)に存在するNK1受容体、ドパミンD2受容体が複合的に刺激され、延髄の嘔吐中枢が興奮することで悪心を感じ、さらに遠心性に臓器の反応が起こることで嘔吐すると考えられています。
上部消化管や第4脳室の受容体で作用する神経伝達物質としては、セロトニン、サブスタンスP、ドパミンなどが知られており、これらと拮抗する薬剤などが制吐薬として用いられています。
悪心・嘔吐を起こしやすい特徴
- 女性
- 50歳未満
- 妊娠中につわりがあった
- 非常に不安や緊張が強い
- 乗り物酔いをする
- 病気の時に、嘔吐しやすい
- アルコールが苦手
- 過去に化学療法を受けた事がある
以上は、American cancer societyに掲載されていたもので、日本人に100%当てはまるとは限りませんが、リスク要因にはなるようです。
薬物療法
投与後24時間以内に出現
⇒高度リスクの抗がん薬による急性の悪心・嘔吐に対しては,アプレピタント(もしくはホスアプレピタント)と5-HT3受容体拮抗薬およびデキサメタゾンを併用する。(グレートA)
⇒中等度リスクの抗がん薬による急性の悪心・嘔吐に対しては,5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンを併用し,特定の抗がん薬を使用する場合は,それぞれの患者の状況に応じてアプレピタントを追加・併用する。(グレートA)
⇒カルボプラチン(AUC≧4)に対しては高度リスクの抗がん薬に準じて,アプレピタント(もしくはホスアプレピタント)と5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンを併用する。(グレートB)
急性の悪心・嘔吐は、抗がん剤治療を心理的にも継続困難にする原因に繋がりやすいため、積極的に予防することが求められます。
ステロイド(デキサメタゾン)と制吐薬を併用することが一般的です。
投与後24時間~1週間でおこる遅発性に出現
⇒高度リスクの抗がん薬による遅発性嘔吐に対しては,NK1受容体拮抗薬アプレピタントとデキサメタゾンを併用する。(グレートA)
⇒中等度リスクの抗がん薬による遅発性嘔吐に対しては,デキサメタゾンを単独で使用する。症例に応じてアプレピタントとデキサメタゾンを併用,もしくは5-HT3受容体拮抗薬,アプレピタントを単独で使用する。(グレートA)
⇒カルボプラチン(AUC≧4)に対しては高度リスクの抗がん薬に準じて,アプレピタントとデキサメタゾンを併用する。(グレートB)
遅発性に起こる悪心・嘔吐は、急性嘔吐の対処が不十分であった場合に見られることが多いです。
ステロイド(デキサメタゾン)と制吐薬が併用されます。
制吐薬の予防的投与で突発的に出現
⇒作用機序の異なる制吐薬を複数,定時投与する。また,5-HT3受容体拮抗薬を予防に使用した場合,予防に用いたものと異なる5-HT3受容体拮抗薬に変更する。(グレードB)
このケースでは、複数または別の同じ作用薬を使用することが有効とされています。
抗がん剤前に誘発される予期性に出現
⇒予期性悪心・嘔吐に対する最善の対策は,がん薬物療法施行時の急性および遅発性嘔吐の完全制御であり,患者に悪心・嘔吐を経験させないことである。(グレードB)
⇒予期性悪心・嘔吐に対して,ベンゾジアゼピン系抗不安薬が有効である。(グレードB)
⇒予期性悪心・嘔吐に対して,心理学的治療法が有効である。(グレードB)
(系統的脱感作,リラクセーション,催眠/イメージ導入法など)
予期性悪心・嘔吐は、ひとたびがん治療を受けて悪心・嘔吐を経験した患者が、条件反射的に出現してしまいます。心理学療法などが有効です。
非薬物療法
ツボを刺激する
内関と足三里のツボを押します。
痛みがあれば、なお効果的です。
数秒間継続して押すようにし、数回繰り返します。
食事の工夫
冷たく、匂いが抑えられる料理を選択する。(そうめん、冷奴、サラダ、果物、シャーベット)
味付けは、酸味を効かせるなど、さっぱりしたものにする。
食事のバランスにこだわらず、食べられそうなものを摂取する。
化学療法前には、軽食を食べる。
レモンやミント味のアイスキャンディーを試す
揚げ物、辛いもの、極端に甘いもの、酸味が強いものは避ける
筋肉の弛緩(リラックス)
アメリカで行われる専門的な手法として、プログレッシブマッスルリラクゼーション(PMR)というのがあります。日本語に直訳すると、斬新的筋弛緩法と呼びます。
悪心・嘔吐以外にも、ストレス、うつ病、頭痛、怒りを軽減する目的で取り入れられています。
楽な服装で、ベッドや床など快適な場所に仰向けで横になります。呼吸は深く、ゆっくりと止めずに続けます。身体を、頭の上部(額)、頭の中部(顔)、頭の下部(首)、肩、上腕、前腕・手、胸周り、腹周り、尻、太もも、ふくらはぎ、足の甲・指に分けます。それぞれの部位の筋肉を5秒ほど固め(緊張)、その後、パッと緩めて(弛緩)10秒ほど安静にします。呼吸は常に、深く、ゆっくりと止めずに行ってください。そして、別の部位でも同様に緊張→弛緩のサイクルを行い、最終的に全身の筋肉を動かすようにすします。特に凝っているような部位は重点的に実施しても構いません。1回で20分が目安になります。
見慣れた景色を見る
病院などの治療センターから離れ、リラックスできる場所の景色の写真や画像を想像させます。例えば、よく行く公園、自宅の部屋、行きたい場所などです。床頭台の上に家族写真を置く患者さんをよく見かけますが、一定の効果があります。
体系的な脱感作
吐気や嘔吐がでた時の自分を繰り返し想像することで、吐気や嘔吐を軽減できます。
音楽療法
リラックスできる音楽をきくことで、心拍数と血圧が下がり、ストレスを和らげ、幸福感を得られます。音楽療法士は日本にもいますが、数が少ないです。
悪心・嘔吐まとめ
悪心・嘔吐は抗がん剤の24時間以内に出現する超急性副作用です。
その他、遅発性や予測性などがあります。
その機序には、抗がん剤による小腸と第4脳室刺激から延髄への入力が原因とされています。
その対策にはステロイドと制吐剤を併用した制吐療法が行われます。
非薬物療法としては、ツボやリラクゼーションなども有効です。
参考文献
- Chemotherapy-related Nausea and Vomiting.( https://www.cancer.org/treatment/treatments-and-side-effects/physical-side-effects/nausea-and-vomiting/chemo-and-nausea-vomiting.html)
- 赤澤麻衣子. がん化学療法による悪心・嘔吐発現の性差. 医療薬学34(8). 742-747. 2008.
- 佐々木めぐみ. 化学療法施行患者に対する栄養介入の意義. 日本静脈経腸栄養学会33(4):995-999. 2018.
- 神戸医療センター がん化学療法委員会. 抗がん剤の副作用対策.
- 松浦一登. 抗がん剤の有害事象対策. 日耳鼻116:1290-1299.2013.